小泉 武夫

〜毎日新聞「食」移動支局〜食育フォーラム〜

食育の先に見えるもの〜真の食育とは何か〜

東京農業大学名誉教授

小泉 武夫 さん

1943年、福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学名誉教授・鹿児島大学客員教授・広島大学大学院医学研究科客員教授・琉球大学客員教授。農学博士。専門は発酵学、食文化論。「食と民族」の研究のために世界中の民族を訪ね、“食の冒険家”との異名を持つ。「食と日本人の知恵」「食の堕落と日本人」「いのちはぐくむ農と食品」「発酵食品礼讃」など単著で106冊を数える。現在日本経済新聞に「食あれば苦あり」を16年にわたり連載中。独特の軽妙な語り口で食べもののおいしさや知恵や歴史を語り、人気が高い。

暴力をふるう子供たち

昨年12月の毎日新聞の1面に小中学生の暴力行為が6万件を超えたという報道があった。3年間で7割も増えており、3万2000件は生徒間どうし、1万7000件は器物破損、1万件以上が教師に対するものだという。生徒が教師に暴力をふるうなどということは、昔であれば考えられないことだった。学級崩壊も進んでいる。なぜ、こうした問題が起きているのか。今日はその背景を解き明かしていきたいと考えている。

ご飯の意味は?

私は全国各地の小中学校で「食の大切さ」を話している。ある小学校で、1年生の子供たちに「どうしてご飯を食べるのか」と尋ねたところ、「おなかがすいたから」と答えた。「で、そのご飯はどうなった?」というと「うんこになった」と元気よく返事をした。「じゃあ、きみはうんこを作るためにご飯を食べているの」と聞くと、みんな困った顔をする。

そこで、わかりやすく食べることの意味を説明する。蒸気機関車は石炭を食べ、煙をもくもくと上げ力強く動く。人間も同じように食べ物を体の中に入れ、エネルギーを得て、このエネルギーをいろいろな活動に使う。何もしないで、じっとしていたらうんこになるだけ。「食べる」ことの意味をわかりやすく話さないと、子供たちにはわからない。

いただきますの意味

江戸時代の道徳の中に、は食べ物に関する記述がある。基本は食べ物を大切にすることだ。「はし」から食べ物に畏敬の念を持つこと、食べ物をつくってくれた人に対する感謝の気持ちが必要であると説いている。

「はし」を持って食べ物をいただくということは、それを作ってくれたすべての人へ心から感謝をしなければいけない。漁師やお百姓さんへ「ありがとう」という思いをもってからはしをにぎる。だからこそ、ごはん一粒、みそ汁の一滴も残してはいけなかった。残すならはしをもつなと言われた。

「いただきます」の意味も10年前に、作家の永六輔さんが言っていたが、人間が食べるもので生命がないものは塩だけ。あとはすべて生命をもっている。その生命をいただくのだから「いただきます」というのだと。こうした習慣があるのは世界中で、日本だけだ。

日本の現状1

小泉 武夫さん

にもかかわらず、現在の日本人は食べ物を残し捨てている。1年間で約2000万トンの食べ物が廃棄されていると言われている。賞味期限が切れたもの、学校給食、家庭での食べ残し、余剰野菜など、1日1ドルで暮らす最貧国の人たちの暮らしをみたら、天罰がくだる有り様だ。

こうした現状に危機感を持たなければならない。食べ物がないと私たちは生きられない。21世紀の戦略兵器の一つとして「食べ物」を位置づける必要がある。農業人口は年々減少し、平均就農年齢は62歳と世界的にも高齢化している。耕作放棄地は約39万ヘクタール、埼玉県と群馬県の半分を足した面積だ。食べ物が足りなくなったから、すぐ生産しようと思っても簡単に作ることはできない。

農業の復興も食育の中では大切なことだ。子供にこうした日本の現状を話し、今すぐにでも、食料の生産、自給率をあげていかなければならない。日本人全員がごはんをもう1杯多く食べれば自給率は2%あがる。もう1杯多くすると4%になる。いまは食べ物を売ってくれる国があるからいいが、売ってくれなくなったら、大変なことになる。自分の国の生命を他国に助けてもらうこと自体、独立国としておかしい。国の防衛として考えても食料従属国は危ない。

今、しなければならないこと

1961年の自給率は、日本が78%、イギリスは42%だった。これが2007年には日本39%、イギリス72%と逆転された。この間、イギリスのしたことに私たちの解決策がある。

イギリス政府は全国の農家1軒1軒に、栽培する農作物を無駄が出ないように割り当てた。そのうえで70%を国が買い取り、残り30%は農家が自ら地元で販売する方法にした。こうした農作物は地元の学校給食や市場へ卸され、地元で消費されるようになった。これによってイギリスの自給率は飛躍的にアップした。

農業はアグリカルチャーと言われ、文化の意味がある。にもかかわらず日本の農業には文化がない。作っても売るところのない日本の農業にとって、流通の整備も必要だ。

地元の農家の作った野菜を直売するコーナーを設けたスーパーでは、新鮮でおいしいため早朝からレストランやホテルのプロの料理人が買いにくるという。こうしたさまざまな試みが必要だと思う。

切れない子供たちを作るためには

全国28カ所の中高生に「あなたの住む町が好きかどうか」を聞いた調査結果がある。なんと8割がわからないで、残り2割弱は嫌いと答えていた。「好き」と答えた人はほんのわずかだったが、ここに共通項があった。

学校給食で地元の食材が多く使われている地域の子供たちほど、地元への愛着が強かった。

「自分の住む町が好き」と答えた生徒が一番多かった高知県南国市では、10年前から学校給食はほとんどすべて地元のもので提供されている。自分が食べる米も自らが栽培している。各教室の後には、大きな炊飯器があり、11時40分ごろから、教室中にご飯の炊きあがったいい香りが充満する。こうした試みを10年続けてきたところ、病気がちの子供がいなくなり、いじめも少なくなったという。食べ残しもほとんどなくなり、成績もよくなったという結果がでている。

地元の大人たちが子供にどうかかわり、食を大切に考えているか。子供たちの郷土に対する愛着心は育つと思う。

切れる子供たちが増えてきた背景には、日本人の食生活の変化が関係しているのではないだろうか。

かつての日本人は根菜類、果菜類、青果、豆類、魚、海草などといった6つのものしか食べていなかった。それがこの50年間で肉の消費量が3.3倍、油脂類は4.2倍に増えた。日本人には日本人にあった食べ物、和食を大切にしなければならない。

また上記6つの中で魚以外のものには、すべて食物繊維、ミネラルが多く含まれている。このミネラルは「切れる」ことと深い関係がある。ミネラルの摂取量も50年前に比べ1/4に減少している。

ネズミを使い攻撃性の強弱を調べた実験結果がある。怒ると副腎からアドレナリンが出て、脳へ伝わる。これを弱める作用がミネラルにあると言われる。感情の起伏を調べる40問の心理テストがある。これは5段階に分かれており、数が少ない方が攻撃性が強いとされている。昭和3、40年代の日本人の平均は4.7だったが、昨年は2.7と切れやすくなっている。ミネラルの摂取量が1/4になったことと関係があるような気がする。

子供を育てる時、ミネラルを含む食品は欠かすことができない。そのためにも、和食中心の食生活が大切だ。

ところが、東京の子供たちの好きなものベスト10には「焼き肉、ハンバーグ、空揚げ、ピザ、ラーメン、すし、餃子、カレー、サンドイッチ」の順で、和食は6位のすししか入っていない。

こうした食生活でいいのか。もう一度和食のすばらしさに立ち返ることが必要だと切実に思う。

(2010年1月〜2月 金沢、鹿児島、札幌にて開催)