伏木 亨さん

毎日新聞「食」移動支局、ウィズガスCLUB共催〜食育フォーラム〜

健康のために幼いころから食嗜好教育を

京都大学教授・伏木 亨さん

京都大農学研究科食品生物科学専攻教授。おいしさの科学、自律神経に影響を与える食品、疲労感発生の解明と食品開発などが研究テーマ。日本栄養・食糧学会理事、日本香辛料研究会会長。

味覚教育という言葉がはやっているが、味覚とは舌から脳へ伝わる機能に過ぎず、大切なのは、何をおいしいと感じるか、つまり脳の記憶ファイルである嗜好を子どものころから教育することだ。

日本では、1970年代まではご飯を中心に、だしの効いた煮物や魚がある伝統的な食事を取ってきた。ところが現代は米やみそ、しょうゆ、みりんの消費は当時の半分。古い世代が食べてきたものを若い世代が好まなくなり、上の世代の好みが下の世代に伝わっていない。

では、日本の伝統的な食事をなぜ、維持すべきなのか。それはまず、低カロリー、低脂肪、食物繊維が豊富な健康食であること、そして、日本の食糧自給率を維持できること、さらに、伝統を次世代と共有できるからだ。 アメリカでは70年代、世界中で日本の食事が健康のためにはもっとも理想的な食事であるという研究報告がなされた。寿司などの日本食がヘルシーだと注目されるようになったのもこのためだ。

ところが、肉の輸入自由化など、さまざまな経済的な事情によって、日本の伝統的な食事は食べられなくなってきた。日本人がこのままご飯を食べなくなると、ご飯を真ん中に置いて野菜や魚を食べてきた伝統の食事が崩れ、油と砂糖を過剰に摂取する欧米型の食事になってしまうだろう。

ネズミを使った実験によると、うま味の効いただしは、油、砂糖と並んで食欲を刺激する重要な要素であることが判明した。だしは、日本のご飯中心の食事に重要な役割を果たしてきたが、同時にだしのおいしさを生かすことによって、油と砂糖が中心の食事を改善することもできる。

食の嗜好は遺伝しない。放置すれば一世代限りで終わってしまう。それでも、幼児期の食の体験は、嗜好に刷り込まれることも分かっている。だしのおいしさは子どものころから教えないと獲得できない。一番いいのは、子どもの前で親が「これはおいしい」と言ってだしを味わうこと。もう一度、子どもとともにだしのおいしさを味わい、日本伝統のうま味を次世代に伝える努力をして欲しい。

だしのおいしさは、油や砂糖とともに現代的なおいしさの中心にある。うま味を生かした料理は世界の健康食となりえる。日本のうま味を世界に発信するとともに、次世代に伝える意識を持とう。

(2008年12月20日・・広島市中区南竹屋町「広島ガス ガストピアセンター」