中村 勝宏

〜ホテルメトロポリタンエドモント名誉総料理長 中村勝宏さん講演〜

MOMAJ 子供たちの味覚教育の取組みについて

ホテルメトロポリタンエドモント名誉総料理長

中村 勝宏 さん

1970年、26歳で渡仏。各地で研鑽を積み、79年には日本人初のミシュラン一つ星を獲得。84年に帰国後、(株)ホテルメトロポリタンエドモントの総料理長に就任。03年フランス共和国より「フランス農事功労章シュバリエ」を受章。同章の日本人受章者の団体であるフランス農事功労章受章者協会(MOMAJ)で食育担当理事を務める。

フランスとの縁からスタートした食育

中村 勝宏

フランス農事功労章受章者協会(MOMAJ)は、フランス政府から農事功労章を受けた人たちが社会貢献を目的に2004年2月に設立し、活動のひとつとして食育に取り組んでいます。MOMAJを通して、フランスとの食育に関する交流の輪が広がり、来年、日仏食育シンポジウムを開催することとなっています。

今日は、私どもMOMAJが実施した、子どもを対象とした食育カリキュラムについてお話しします。

私どもの食育の活動は今回が初めてでしたから、どのような内容をやろうかと担当理事が集まって何回も話をしました。その中で考えたのは、1回で終わるのではなく、ある程度メンバーを固定して何回か連続した中でやっていこうということでした。ですから今回は1スパン6回、1回2時間、人数は15名限定ということでやりました。 また、私どもの会はフランスとのご縁がありますから、フランスの味覚教育の権威で、ワインの世界でも有名なジャック・ピュイゼ先生のメソッドを基にやろうということになりました。

対象は小学5〜6年生です。なぜ小学5、6年生かといいますと、これもジャック・ピュイゼ先生が、小学校から中学校、高校、大人も含めてあらゆる世代に味覚教育を施した中で、小学5年生あたりが一番反応があって、教育するにふさわしい年齢だということをおっしゃっていたからです。

基本の味を再認識する

中村 勝宏

それでは、実際にどんなことをやったかということを述べてみたいと思います。 カリキュラムは5月からスタートしました。第1回目は味覚の再認識ということで、甘み、辛み、苦味、酸味という4つの基本の味を、それぞれの食材を実際に味わい、実体験を通してひとつひとつ確認させるということをやりました。

例えば、水の中に4つの味をそれぞれほんのわずかに入れておいて、それを飲んで、どの色のコップがどの味だったかを書いてもらったり、酢を実際に飲んで、レモンの酸っぱさと、舌にビンビン響くようなお酢の酸っぱさの違いを感じてもらったりしました。また、野菜のゴーヤも食べてもらいました。子どもたちはまず抵抗します。苦くていやだと(笑)。でも、まぁ食べなさいということで半分おどかしながら食べてもらいます。大切なのはやはり実体験なんですね。少しではなくちゃんと食べることによって、実際にその味を強烈に自分のものにするということです。もちろん、こういうむごいことばかりではなく(笑)、チョコレートの苦い味のものなどいろんなものを織り交ぜながら、飽きさせないように、楽しませながらということが肝心ではありますけども。

第2回目は感覚についてやりました。 最近では、五感で食べるといった表現がよく使われますが、料理を食べるにあたって感覚というものは当然大切になります。まず、料理が出てきたときに目で見て、ああおいしそうだなぁと感じる。それから、匂いでおいしそうだなと感じる。それから触覚。舌触りですとか、ネバネバ、パリパリ、カリカリといった音も、おいしく食べるための大きな要素です。これらを総合的に駆使して、そういった感覚を表現しながら、料理を食べてもらうということをやりました。

また、2匹の鯛を用意して、1匹は4日ぐらい前に買って冷蔵庫に入れたまま、もう1匹はその日の朝に魚屋さんに特別に持ってきてもらったものということで、どちらが新鮮なものかを実際に見たり触ったりして当てることもしました。見たあとに私が全部さばくんですが、片方は臓物がどろどろしているんですね。もう片方はまだ臓物も食べられるくらいぴんぴんしています。子どもたちは「くさーい」と言いながら顔を背けますけど、そういうものも実際に見てもらいました。

テレビを見ながら食事をすると……?

中村 勝宏

また、これはジャック・ピュイゼ先生のメソッドのひとつでもありますが、テレビを見ながら食事をすると何を食べたか分からない、ということを体験するプログラムも行いました。

子どもたちに、まずディズニーのおもしろいビデオを見せます。そして、その間に食事を出すから食べてもいいよと言って、10種類以上の野菜が入った料理を出します。20分経ったらストップして、紙を配り、いま食べたのはどんな料理だったか、野菜は何が入っていたかを一人ひとりに書いてもらいます。そうしますと、当然テレビに夢中になっていますから、大半の子どもは何を食べたか分からない。どんな味だったかも分からない。中には、野菜がたくさんあったということは分かっていてあてずっぽうにいろんなことを書く子もいます。

こうして、テレビを見ながら食事をするとどうなるかということを、実体験を通して学んでもらいました。食べるということはいかに大切で、いかに神聖なことかということを理解してもらおうという思いもあり、やったわけです。

第3回目は、東京ガス新宿ショールームの1階にある調理場に子どもたちを迎えてやりました。 このときは、フランスの家庭料理を実習してもらおうということで、子どもたちにと付け合せを作ってもらいました。

実際にやらせてみると、子どもたちはいきいきするわけですね。丸ごとの鶏なんて触ったこともないわけですから。鶏を縫って、塩こしょうして、中にハーブを入れて、それからフライパンで色をつけて、オーブンに入れる。オーブンに入れたら何回か取り出して油をかけて、表面が乾かないようにきちっとした形で本格的にローストさせます。オーブンに入っている間はつけあわせを作ります。じゃがいもを剥いてカットして、炒めて、そこに玉ねぎとマッシュルームを加えて立派な一品にする。炒める作業などは、一人だけがやるのではなく必ず交代で作業してもらいます。全員が参加して、必ず手を動かして実際にやることが大切だからです。

チキンが出来上がったら、自分たちで切り分けて、すべてを食べつくします。この一連の作業は実際にやってみると大変なんですね。注意力やチームワークなど、料理を作るという過程の中で、それ以外のさまざまなことが学べます。私自身は、こういった実習も以前からやっておりましたから、うまくいくだろうという思いもありましたけど、実際にやってみるとなかなかこちらも緊張します。一番怖いのは包丁で手を切るということですから、絆創膏もいっぱい用意しておきました。結局、ひとつも使いませんでしたけどね(笑)。

畑で野菜を採ってカレーを作ろう

中村 勝宏

4回目は、8月ということで校外学習に出かけました。 食育のプログラムの中でこういうことは絶対にやるべきだという思いで、子どもたちをバスで農家に連れて行って、いろんな野菜をもいでもらい、調理をして、みんなでわいわい食べよう、そういったことを計画しました。 私の知り合いにたまたま、茨城の農家の飯野さんという方がいて、その方に計画を打ち明けたところ快く受け入れてもらいました。

キュウリ、ナス、トウモロコシ、オクラ、トマト、いろんな野菜を採りましたけども、野菜にはイガもありますし、特になすびなんかは大きなトゲもあります。ですから、子どもたちには手袋持ってこい、長袖着てこいと、いろんなことを前もって注意しておいて、夏も暑いですから脱水症状にならないように、スイカを冷やしたのをすぐ食べられるようにしておきました。午前中はめいっぱい野菜をもいでもらったのですが、これは当然、子どもたちは喜ぶわけですね。目の色が変わります。そのあと、地元の農大生が中心になって開墾したという一角に絶好の場所がありまして、そこに子どもたちをトラクターに乗せて連れていって、ご飯を炊いて、採った野菜でカレーを作りました。これは本当に皆さん大喜びで、ほとんどの子がおかわりをしました。

うれしかったのは、地元のボランティアの方たちが野の草花をいっぱい摘んできて、立派にテーブルセッティングをしてくれたことです。農家の人たちが持ち寄ってくれた自家製の漬物も並べてあって。ご飯ももちろん土地のご飯で、すべてその土地の食材でカレーができたんです。そのあと子どもたちは、地元の小学生たちと交流会をやったり、小川でザリガニ釣り大会をやったりしました。これもまた、忘れられない思い出になったのかなと思っています。

育まれたチームワーク

中村 勝宏

5回目は、豊洲にある東京ガスの「がすてなーに ガスの科学館」で、ビデオの学習とデザートの調理をやりました。

前半は、日本の水産物や畜産物、加工食品がどういった形でみんなの食卓に届くのかという過程や、それを作っている方々の苦労を知ってもらおうと、ビデオを見てもらいました。こういった資料は探すと結構あるんですね。私も何本もビデオを見まして、これだったら小学5年生にも分かりやすいというものをセレクションしました。後半は、最後の楽しみということでクレープを作ってもらいました。クレープを焼き、焼いたバナナを包んで、それからソースを作るという、レストランで出せるような本格的なクレープです。

私が見直したのは、子どもたちは本当に興味を持って熱心にやるということです。決して投げやりにではなく、ちゃんとおいしいものを作る。子どもに実習してもらうと一番よく分かるんですが、バラバラで、なんだかまとまりがつかなくて全然進まないということもよくあります。ですが、このカリキュラムでは15名限定ということで、最終的にチームワークもいい状況になってきていましたから、そうした意味でも今回のやり方はうまくいったと言えると思います。

最終回の第6回は、私のホテルのレストランに子どもたちを招いて、いわゆるホテルでのちゃんとした食事を食べてもらいました。小学5年生ぐらいでしたらほとんど大人と同じものが食べられます。こういった場所での食事は初めての子がほとんどですから、ただ食べるのではなく、礼儀作法や食べ方のマナーということもさりげなく注意しながら食べてもらいました。そのあと、一人ひとりに認定証を渡して、感想を述べてもらったりする懇親会のようなことをやり、全6回のカリキュラムを終えました。

子どもたちから届いた手紙

中村 勝宏

私は、少人数で6回続けて受けることで、子どもたちは一過性のものではない何かを感じてくれたと思っています。そして、これから毎年このカリキュラムを重ねていくことで、これに参加した子どもたちが核になり、あちこちで食について語ってくれたりしたら、いま言われている食についての問題の解消に少しでもつながるのではないかと思っています。

このカリキュラムもこれでいいということはありません。修正したり、いろんなことを加味したりして、最終的に食についてのひとつのテキストのようなものができればいいなと考えています。それをどんどん公開していって、それを基に何かやってくれる人が出てくれればいいかなとも思います。私どもはたまたまフランスとの縁の中で、ジャック・ピュイゼ先生の基本に則ってということでやりましたが、それをそのまま真似するのではなく、日本の風土に合わせて、日本の食に合わせてやる、これが肝心なことだろうと思います。

このカリキュラムが終わったあと、子どもたちからたくさん手紙をもらいました。1通だけ持ってきましたので、それを読んで終わりにしたいと思います。

「中村シェフ 教室は楽しかったりおいしかったり、お世話になりました。毎日食べている食べ物はどのように収穫するのか、料理のやり方でいろいろ変わるということも分かりました。また、食べ物の大切なことも分かりました。僕の家の食べ物が、無農薬、無添加、無着色、体に悪いものを食べない理由も分かりました。教室に行ったおかげで、いまは母と一緒に料理を作っています。母は楽しそうです。あともうひとつ、飯野さんのお父さんお母さんと会えたことです。いろいろ世界が広がりました。またなかなかできない体験ができた教室でした。一生の思い出になりました。ありがとうございました。お礼が遅くなりました、ごめんなさい。お話の復習で、食事のときには、テレビを見ないようになりました。中村シェフに感謝します。」

これを読んで私は本当にうれしかったです。ありがとうございました。

(2007年11月2日 ウィズガスCLUB主催「第3回食育指導員養成講習会」にて)