---第1回ウィズガス全国親子クッキングコンテスト---

子供の未来のために語る食育セミナー

服部幸應さん

服部幸應さん
(服部栄養専門学校校長)

本多京子さん

本多京子さん
(医学博士、管理栄養士)

茂木健一郎さん

茂木健一郎さん
(脳科学者)


"食育と日本人のいま"

服部さん

昨年6月、内閣府で「食育という言葉を知っていますか」というアンケート調査をしました。そうしたら、知っているという方が67%おられた。うち34%の方が中身も分かるという。では具体的に何だと思いますかと質問したところ、「親子料理教室でしょ」「農業体験じゃないの?」という2つの答えにだいたい集約できました。もちろんこれらも食育に入りますが、食育というものは実はもっと幅広い。2005年に成立した食育基本法という法律は33条でできていますが、その大元になった3つの柱をまずご説明します。

1つ目は、安心・安全・健康を選ぶ力。これを選食力といいます。2つ目は食文化の伝承。最近は箸を持てない人、偏食の人が増えたと思いませんか? 3つ目は食料自給率の問題です。日本は食料自給率が39%しかなくて、61%を輸入に頼っています。世界を見渡したときに、こんなに自給率の低い先進国はないんです。

今日は2人の先生方にそれぞれのお立場から、こういった事象や食育のさまざまなことについて、お話を聞いていきたいと思います

本多さん

食育基本法が成立してから、私もいろいろな場で食育の仕事をさせていただいて、いろいろなことを考えたり気づいたりしたんですけども、理屈はともかく一番大切なのは、毎日できるだけ家で家族がそろって食事をし、その食事をできるだけ家で作る。この努力が、一番いろんなことにつながっていくんじゃないかなと感じています。

大学で学生たちに講義をしましても、とにかく食品の名前を知らない。例えば、ゴマのジェラートは知っているんだけれど、ゴマそのものが分からない。魚を三枚おろしにしますと言うと、三枚おろしだからおろし金を持ってくる。食品名や、その食材が何からできているか、どういうふうに育ったかということを知らないし、調理法も知らない。食べ物は私たちの体を作り、命や社会などいろんなことがらにつながっています。ですから、食べ物の知識がない=生きる力が弱い人がすごく増えているというのを日常的に感じています。

服部さん

それはどこに原因があると感じていらっしゃいますか?

本多さん

やはり価値観が変わってきているからという気がしますね。お金を稼ぐことが大切なのか、食べることが大切なのか。食べることが一番大切でしたら、そのために調理の時間がなくなるほど仕事をするということは間違っているんじゃないか、というふうになる。ですから、食べることをどう考えているか、そこをもう1回考え直す必要があると感じています。

服部さん

茂木先生は、食育ということを聞かれてまずどう思われましたか?。

茂木

脳の学習、学びということを考えると、いわゆる感覚性学習と運動性学習のバランスが非常に大事なんですね。感覚性学習というのは感じることです。運動性学習というのは自分で何かをすることです。現代はどうしても感覚性のものばかりで、要するに受け身になってしまうんですね。消費者であって、受け取り手であって、運動性の方がおざなりになってしまう。食は特にそうですね。つまり、食は作ってみないと分からないことなんです。自分で作らないと、「作るのってこんなに大変なのか、だからおいしい」という感謝の気持ちが湧いてこない。

感覚性学習と運動性学習のバランスを取るということが脳の働きの中でも一大命題なんですけども、このバランスが崩れると、やはりちょっと困ったことになります。人にご飯を作ってもらってばかりいる人は、自分で責任を持つことを知らなくなる、それから計画が立てられなくなる。ですから僕は、食育というものは、我々が食を作る、育むというところから離れて、消費者の側にきてしまっている、この潮流を反省する1つのきっかけになるんじゃないかと思っています。

"夜型・偏食・多様性"

服部さん

一昨年から文部科学省が「早寝早起き朝ごはん運動」という国民運動をやっています。皆さん、日本の小学生はいまだいたい何時ごろに寝ていると思いますか? 北海道から沖縄までの平均が10時45分です。中学生が11時10分ごろ。一方、欧米の家庭の小・中学生は8時台なんです。日本では誰かが子どもを寝かせていないんですね。

本多さん

若い人もそうですね。とにかく夜型の生活時間帯になっています。朝起きられない人たちは朝ごはんを食べていないので、とにかく朝ごはんを食べなさいと言うと、お腹が空いてないし食べる習慣がないと言う。ではなぜお腹が空いてないかというと、夜遅くまで起きているからです。でも、夜遅くまで起きているととにかく不利なんですよね。同じものを食べても夜に食べると非常に体脂肪に変わりやすい。体の中の受け入れ態勢のホルモンが違うからです。

沖縄県はかつては世界一の長寿の県でしたけど、女性が1位を保つ一方、男性はいま25位になってしまいました。その沖縄県では子どもも大人も大変な肥満率、その背景にあるのが夜型の生活です。時計のリズムは1日24時間ですけど、脳の体内時計は25時間なんですね。ですから意識してリセットしないと自然に夜型になってしまう。朝ごはんは食べる目覚まし時計なんです。

服部さん

沖縄の方が現在食べている食事を調べてみると、緑黄色野菜の消費量が全国で36位、普通野菜が47位(最下位)、魚が47位(最下位)、そして肉の消費量が1位なんです。若い人ほど高脂肪高たんぱくなものを好むようになり、お年を召された方は昔ながらの食事をとっているから長寿のままというわけです。

茂木

脳が成熟するひとつのしるしは、多様性を受け入れられるということだと僕は思っています。食べ物もそうで、やはり偏食ということは多様性を自分の中に取り入れられないということ。ですからとにかく、いろんなものを食べるようにした方がいい。

我々の言葉で「メタ認知」というんですが、自分自身の状態を自分でちゃんと把握するということ。その働きが落ちると、やはり多様性は減っていくのかなと思います。つまり、何か習慣でポテトチップスばかり食べているとかではなくて、きちんと自分の体と対話すると、いま何が欲しいのかが分かるようになってくる気がするんです。今日は野菜がもっと食べたいなとか。自分の体との対話を通してそういうことが分かってくると、減っているものや欠乏しているものを体が取り入れるようになるので、結果として多様性も保たれるし、バランスもとれると思う。

僕は、日本の食料自給率を上げる1つの鍵というのは多様性にあるんじゃないかなと思っています。今の日本の食は物量作戦ですよ。海外からどっさり日本に食料を持ってきている。それよりももっといろんなもの、それこそひじきだとか粟だとか、雑穀も含めて日本ではいろんなものが採れるじゃないですか。そういうものをみんなが少しずつ食べるように意識していったら、全体的に食料自給率も底上げされるし、何よりも多様性が増す。それはすごく大事なことだと思います。

本多さん

でも、そのためには小さいときからいろんな食材の名前を知っていたり、食べたり、体験していたりという基礎が培われていないと、体と対話できるようにはなりませんよね。

茂木

そうですね、結局脳の働きは積み重ねなので、例えば10歳になったときにこれからどう生きていくのかというのは、10歳までの発展という土台の上に成り立ちます。ですから土台がしっかりしていないと、そこにいかに立派な建物を建てようと思っても建てられない。もちろん、後から取り戻すことも可能です。ただし、土台がしっかりしていない分、余計な努力がいる。

服部さん

自給率の話が出ましたが、日本の自給率39%を都道府県別に見てみると、一番低いのが東京で1.2%です。次が大阪で2%。神奈川が3%ぐらい。一番高いのが北海道で192%、次が秋田で141%、青森が112%となっています。僕は思ったんですが、各都道府県が目標として10%ずつ上げたら、全体での自給率は45%ぐらいに上がります。それと、さきほど茂木先生が言われたように、その土地土地で採れた多様性のあるものを、どうやって我々が口にできるか。遠くで採れたものを、お金やエネルギーをかけてCO2を大量に排出する輸送手段で運んでくるのではなくて、その場で採れたものをそこで食べる、つまり地産地消が一番いいんですよね。

"五感で味わう食のよろこび"

茂木

贅沢って何なんだろうなと思います。僕も仕事でおいしいレストランに連れていってもらうことがありますが、子どものときにキャンプファイヤーで、枝の先にマシュマロを刺して火で炙って食べた、あれ以上の幸せってあるのかなと思ってしまいます。食の贅沢というか、本当の食のよろこびということを、現代人はどんどん忘れてしまっている気がします。

本多さん

いろんな場面で食体験をたくさんしていくと、それが脳にすりこまれて、それを再現したときに幸せ感を感じるという機会が多くなるという気がしますね。

服部さん

病院の食事について調べたことがあります。病院の食事を食べている人というのはどうも元気にならなくて、入院が長引くんですね(笑)。これは困ったなと。調べてみると、病院は食事の環境として匂いがまず悪い。そして照明が悪いというんですね。蛍光灯ですから、赤が紫に見えて食べ物がおいしく見えないんです。

本多さん

病院では、栄養士さんがきちんと計算してくださった治療のための食事が出ていると思うんですけど、家での食事と違って、例えばお母さんがご飯を煮炊きする音や匂い、そういったものが感じられないうちに、栄養バランスのよいものだけが目の前にスッと並ぶ。過程が欠如していることも大きいんじゃないかなと思います。

茂木

料理は五感で味わうものですよ。さきほどの料理コンテストでも、豆を炒る音が音楽だって言いましたけど、あれもごちそうの1つ。音、香り、温かさ、作ってくれた人とのコミュニケーション、全部五感で味わうものですよね。ですから、その五感で味わうという点において、病院のご飯は、栄養的には足りてるのかもしれないけど、なんか足りない、ということなんでしょうね。

服部さん

病院の食事の42%は破棄されているんですよ。全部食べれば栄養学的にはバランスがとれているんでしょうけど、食欲につながっていないんです。

茂木

幼稚園のお弁当で、お母さんがわざわざウィンナーをタコの形にするじゃないですか。タコにしたって栄養学的には何も変わらないんだけど、ウィンナーをタコにするっていう、あの気持ちもやっぱり味わいの1つなんですよね。

服部さん

なるほどね。さきほどの照明の話で言うと、今日は皆さんにいい照明を教えて差し上げようと思うんですよ。今日お宅へ帰ったら、食事のときにぜひろうそくをつけてみてください。ろうそくの灯りだとお相手が10歳若く見えます(笑)。ろうそくの炎はアンチエイジングなんですよ。

茂木

炎って、脳の中の神経細胞の働きに似ているんですよ。つまり、火ってちろちろして全然予想がつかない、揺らいでいますよね。皆さんの脳の中の神経細胞も、あんなふうに揺らいでいるんです。だから我々は炎を見ると、自分の姿がそこにあるかのように共鳴するんです。だから炎を見ていると心が休まるんですよね。

"食育のこれから"

茂木

今はITよりも、農業や環境関係に行きたがる学生が増えてきています。それはなぜかというと、さきほど申し上げたように、複雑なもの、多様なものにどう向き合うかというのが、21世紀の最大の課題だからです。逆に言えば、命というものはいかに驚異かということです。食を見つめなおすということは、我々自身の命を見つめなおすということ。そういう意味で、食育というのは本当に大事な知のフロンティアだなと思っています。

本多さん

食の問題がいろいろと発生する背景の1つは、好きなものを好きなときに好きなだけ食べられる時代になってきたため、個々人の食に対する知識と意識、これによって食事に大きな差ができてきている、作る人と食べる人が遠すぎるということにあると思います。作る人と食べる人がイコールであるということが、いろいろと見えないものが見えてくる大切な鍵になると思います。

それから、日常的に好きなものを好きなだけ好きなときに食べられる時代になったため、食べ物が平和を支えているという意識がなくなってしまっている。食べ物をちゃんと確保するということが、自分たちの考え方をきちんと主張したり平和を守ったりする基礎につながっていきます。食べるということをいろんな角度から考えると問題点がたくさんありますが、食べるということをもう1回真剣に考え直すことによって、逆にいろんなことがすべて解決するんじゃないかなという気がします。ですから、食べるということをとにかく大切にしていただきたいなと思います。

服部さん

私も、「食」という漢字を自分流に分解してみたんですよ。人と書いてその下に良いと書く。人に良いのが「食」なんですね。人を良くすることを育む食育に関しては、ぜひ皆さんに関心を持っていただきたいなと思います。3年後からは学校教育の中に食育の時間が少しずつ入ってきます。まさにそこからやり直さないといけない。大人になってしまうと、“わかっちゃいるけどやめられない”ですからね。

"会場からの質問"

中学校における学校と家庭が一体となった食育の効果的な進め方を教えてください。現在、学校給食が実施され、栄養士が配置されている学校ではランチルームでの指導など日々の学校生活の中で食育が計画的に進められていますが、牛乳給食のみの実施(弁当持参)で栄養士も配置されていない中学校では、食育の意識も取組みも遅れています。(教育委員会の食育担当)

本多さん

学校給食がある場では、学校の栄養士さんや校長先生が熱心なところがすごく多いのですが、中学校になると給食がないところが多くなってきて、そういう現場では食育がなかなかうまくいってないのが現状です。いま一番大切なのは、そういう食の現状の中でも、食の指導がいかに大切なのかということを皆さんに知らせるための指導者の育成だと思います。国や県単位での体制が遅れている場合は、現場には意識ある先生がたくさんいらっしゃるので、そういう方が自主的な勉強会を作って、そこから声を上げ始めることが必要なのかなと思います。

茂木

ちょっと違う視点からの意見ですが、やっぱり大人の社会になればなるほど、食というものを大事にしていないんじゃないでしょうか。僕はイギリスに留学していたとき、ケンブリッジ大学のトリニティカレッジというところにいたのですが、そこは大学生になっても食育をやっていました。つまり、カレッジにダイニングホールがあって、学生はみんな一斉にそこでご飯を食べるんです。おそらくイギリスの一種の価値観として、大学生になってもちゃんとした料理をみんなで一緒に食べて、会話を楽しむのは大事だというフィロソフィーがあると思うんです。大学教育の一環で食育があるようなものなんですよ。そこから見ると、日本はもう中学生になったら食事は適当に食べていればいいという、それが今までの大人社会の本音だったんじゃないでしょうか?

服部さん

イギリスの超エリートを育てる小学校の寄宿舎に入った知人の息子さんも、一番厳しいのは食事の時間だと言っていました。みんなで食事するときに行儀悪くしていると、ピシッとやられる。いま日本の教育には厳しさがありませんね。動物は食べ物を食らう。人間は、土から分けたその国その国の食文化をきちっと踏まえた上でものをいただく。その違いを教えるのが、エリート校の役割なんですね。

1歳の男子を持つ母親です。離乳食が完了期となり、大人と同じものを食べたがるようになりました。最近味が決まらず困っています。ヘルシー路線で薄味にすると食べてくれません。おふくろの味に自信がなくなっていますが、なんとか克服して、息子にママの味最高と思ってもらえるようになりたいです。(埼玉県 29歳女性)
本多さん

好き嫌いを直すため、それから何でも食べてもらうためにも、一番大切なのはお腹を空かせることです。“空腹は最大の調味料なり”ですから、好き嫌いがあったり小食だったら、それこそ食事を抜いて、お腹を空かせて遊ばせる。そうすると次は嫌いなものでもおいしく食べられるようになる。あまり神経質にならない方がいいんじゃないかなと思います。それから、濃い味だと誰でも喜んで食べますが、小さいときにそれに慣れてしまうと、食材の味を感じとれなくなってしまいます。ですから、お母さんが子どもの喜ぶ味に迎合することなく、自分がいいと思ったもの、子どもにこういう味を伝えたいと思ったものを、自信を持ってきちっと食べさせ続けること、それがとても大切だと思います。

服部さん

さきほど、親子クッキングコンテストの作品をいただいていて、この味だったらこの家の子になりたいと思いました。皆さん素材の良さを生かしていて、すごくバランスがいいんですよね。本当にホッとする味なんです。何かに偏ってしまうといけないんですけど、こういう感じでお子さんを教育していたら将来はきっと期待できる、そんなふうに感じました。

茂木

ご質問をお聞きしていて、できればそうならない方がいいなと思うのは、お母さん自体が動揺してしまうということ。我々の立場からすると、脳の発達において親は子どもの安全基地にならなくてはいけない。親は揺るがない、包み込んであげるということです。ご自身が育児のことで悩まれすぎると、子どもにもそれは敏感に伝わってしまいます。ぜひ自信を持ってやられたらいいんじゃないかなと思います。

(2008年3月9日 第1回ウィズガス全国親子クッキングコンテスト「子供の未来のために語る食育セミナー」にて)