陰山英男さん

「子どもの未来のために語る食育セミナー」基調講演

「生きる力と子どもの幸せ
  ~今、日本人に必要な幸福のための生き方論~」

立命館大学教育開発推進機構教授・陰山英男さん

心の荒れは食べ方に始まる

私はこれまで、子どもたちの学力作りのためにいろいろな研究・取り組みを行ってきました。まずは、子どもたちの不登校の増加と体力低下についてお話いたします。子どもたちの不登校の増加と体力低下は、昭和56年に始まっています。この年は校内暴力が異常発生した年で、この頃、東京都足立区の養護教諭の方々が、子どもたちの睡眠や食事についての調査を行ったところ、食事や睡眠がどうもおかしいということに気がつきました。ところが、そのことは全国的には伝わりませんでした。

私の師匠で「百ます計算」生みの親、岸本裕史先生も、子どもたちが荒れる・キレるといった問題は、単純にストレス論で割り切れるものではなく、むしろ、生き物としてのある種の困難が子どもたちを襲っているのだといわれました。つまり、睡眠や食事の問題です。

事実、足立区の調査を見ると、3食きちんと食べていない、食べる時間が決まっていない、家庭料理であっても品数が少ない、主食副食が分かれていないなど、食事関係に集中的なトラブルが起こっていたことが分かります。

東京は受験競争が厳しいため、受験競争で子どもが荒れるということもあるかもしれません。ところが当時、受験競争によるストレスでは説明できないことが日本全国で起きていたのです。

成績と食事には関係がある!

一方、そういったことが理解されなかったがために、日本の食卓の風景は変わってきました。内食や外食に加え、半調理品やお惣菜、いわゆる「中食」と呼ばれる食事が、同じような時期から急激に増えてきたのです。

当時の調査で、非常に注目されるデータがあります。1回の食事に使われる食材の種類と成績の相関関係を取った1989年のデータから、驚くべきことが分かりました。食品数が多いと成績が上がり、食品数が少ないと成績が下がるという結果が出ているのです。

いろいろなものを食べたら成績が上がるなんて、うそのような話に思いますよね。これは、私が兵庫県の山口小学校で学級担任をしているときに見つけたデータなのですが、これを保護者の方々に見ていただいた翌日、信じられないことが起きました。クラス全員の家庭の食事が豪華になったのです。分かりやすいですね。それ以降、私はこのデータを毎年保護者の方に配り、目に焼きつくところまで見ていただきました。これをやっているうちに、子どもたちの食習慣が改善する。睡眠の習慣もよくなる。そして、何年かたって大学入試に挑戦をすると、子どもたちの2割ぐらいは国公立大学へ行き、そのうちの半分が医学部へ進学したという驚くべき結果に結びついていったのです。

生活習慣が子どもの力を伸ばす

子どもたちの食生活が改善されると、学力だけでなく、体力も上がってきます。週間の食材数と200m走のタイムの相関関係を調べたデータでは、食材数の多い子どもたちの方が早かったのです。かけっこも才能ではなく、実は食生活がすごく重要だったのです。皆さんは、隣の人もおそらく自分と同じような生活をしていると思っているでしょう。私もそう思っていました。ところが、仕事柄生活アンケートをやると、全然違うということが分かりました。食事を食べる時間、食事の好み、夜寝る時間、朝起きる時間、全て違います。ですから、そこを考えていったときに、才能や生まれつきの能力だと思われていた部分が、実は生活習慣に起因していたものなのだということが、はっきりと分かってきたわけです。

食事と並び、もうひとつ重要なのは睡眠です。1979年と2002年の子どもたちの就床時刻を比べた足立区のデータを見ると、1979年には、小学4年生のほとんどが22時までに寝ていたのに、それから10年少々しか経っていないにもかかわらず、2002年には22時までに寝る子どもたちが半分近くにまで減っています。そして、ほんのわずかですが、深夜0時以降も起きている子どもたちが出てきました。中学3年生ではどうでしょうか。1979年には22時以降まで起きている子どもはほんのわずかだったのに、2002年にはほとんどの子どもが深夜0時以降に就床するようになっています。

広島県の小学5年生、2万5千人の学力テストの結果と睡眠時間の相関関係を調べたデータでは、睡眠時間4時間の子どもたちは平均50点しかとれていませんが、7時間から9時間だと70点台と安定した結果が出ています。つまり、睡眠時間が増えると成績が上がっています。しかし、9時間以上寝る子は成績が下がっています。寝過ぎはよくないのです。

このように、生活習慣は子どもたちの頭の働きに大きな影響を与えます。それがはっきり出てくるのが知能指数です。早寝早起き朝ごはんを実行すると、知能指数は短期間にぐんと上がります。つまり、頭の働きがものすごくよくなるのです。知能指数というと、生まれつき決まっているものと思われがちですが、生活習慣との相関関係が強いのです。

例えば、中学受験を目前に控えているからといって、夜遅くまで起きて翌朝起きるのが遅くなり朝ごはんを抜いて学校に行ってしまう。これは学力低下への片道特急券です。学習方法が悪ければ学習方法を変えればいいが、生活習慣が悪いと、脳が機能低下したまま成長してしまうことになり、あとあと困ってしまいます。私は平成18年に内閣に設置された教育再生会議のメンバーを務めましたが、座長の野依良治先生が「塾をつぶせ」とおっしゃっていました。あれは、塾そのものが悪いということではなく、人間が学び続け、成長し続けるには、それにふさわしい生活習慣・学習習慣というものがある、それを夜遅くまで塾に通うことで壊してはいけない、ということをおっしゃっていたのです。

食育セミナー 陰山英男さん

テレビの見すぎは脳と心を壊す

ある企業が、東京、ソウル、北京、上海、台北の各都市で、ビジネスマンの帰宅時間を調べたデータがあります。台北、上海、北京は大体18時から19時に帰宅しています。日本に比較的近いのがソウルですが、それでも20時。東京で最も多いのは23時です。日本のビジネスマンは、睡眠時間を削っていい大学へ行き、いい会社に就職するのがとても良い人生だと思ってきたからです。そのために睡眠時間を削ればいい生活が送れると誤解してしまっているのではないでしょうか。

子どもの話に戻しますと、テレビの見方も皆さんには気をつけていただきたいと思います。1日2時間以上テレビを見ている子どもは成績が落ちてきます。知能指数とテレビの視聴時間の関係を調べたデータでも、1時間から2時間ではあまり差はありませんが、2時間以上になると知能指数が落ちてくるということが分かっています。

いま、日本の中学生がテレビ・ビデオを見る時間は、世界で最も長い。一方、勉強時間は世界で最も短いのです。日本の中学生はすごく受験勉強させられているような印象がありますが、それは東京の局所的な現象であって、日本全国を見た場合には、いま日本の子どもたちの勉強量は不足してきているというのが実態です。また、子どもたちの精神状態を「やる気十分」から「イライラした気分」まで6段階に分けて調べると、「イライラした気分」の子どもたちの60%が5時間以上テレビを見ています。残り40%は3時間から5時間見ています。つまり、テレビの見すぎは心にもよくないのです。

夜遅くまでの塾通い、長時間のテレビ視聴。私たちは、お金と能力をかけて、日本の大切な頭脳を余分なところですり減らしていないでしょうか。私は、子どもの学習習慣、生活習慣をもう一度見直していただきたいのです。

家族のつながりが現代の命綱

子どもたちの生活習慣を立て直すために、家庭で何をやるか。皆さんにお願いしたいことがあります。実は、家庭で一番教えてほしいことは、「幸せとは何か」ということなのです。

先ほど申し上げたように、日本のビジネスマンは睡眠時間を削っていい大学へ行き、そこからいい会社へ就職をしました。しかしいま、そのモデルはもう完全に破綻しています。また、人はつながりあう生き物です。したがって、人は小さいころから人とのつながりを学習していかなければならないわけです。最近、家庭内の事件がよく起きています。そのたびごとに、原因は家庭の中での人間関係が希薄になっているからだ、といわれています。家庭関係が希薄だから、土日も親子で一緒にいることが重要だといわれていますが、それは違うのです。

内閣府の国民生活白書から、職場や地域などでの人間関係の変化を示したデータを見てみましょう。1973年から2003年まで見ると、職場の人間関係は一貫して下がり続けています。親戚どうしの関係も、一貫して下がり続けています。地域の人間関係も、一貫して下がってきています。そうした中、唯一上がっているものが、家族の関係です。1973年には一番つながりが浅かったものが、いまやトップに来ています。

何が言いたいかといいますと、すべての人間関係が弱まってくる中で、いまの日本人は家族だけを命綱にして生きているのです。その家族がうまくいかなくなったら、つながりあう生き物である人間は、行き場を失います。そこで、事件が起きるわけです。

ですから、重要なのはいつも家族と一緒にいることではなく、例えば休みの日はご近所の人と仲良くしたり、お正月には田舎で親戚一同集まり、いろんなことを語り合ったりする。そういった、家族以外の斜めの関係を置くことで健全化していくのです。

大人が幸福に生きることが子どもを幸福にする

家族が大事だというときに、その一番の中心にくるのは誰でしょうか。母親ですよね。いまは、子どもや社会のさまざまな矛盾というものが、お母さんの努力によって解消されるように、時代が求めてきています。そこを、考え方を変えてほしいのです。

昭和初期、日本の家庭は箱膳でご飯を食べていました。1人ひとりがお膳を持っていて、そこに自分のお茶碗やお汁椀を置いて、よそってもらっていました。これが、ある段階から卓袱台に変わります。それがどのような変化を生んだか。箱膳の時代には、食事中の会話はほとんど禁止でした。だまって食べなさい。これが昭和初期の文化で、それを仕切っていたのは父親でした。それが、卓袱台に変わったところから、会話禁止が一気に減りました。お母さんや子どもたちも、平等にしゃべるようになってきました。そしていま、卓袱台はテーブル文化に変わりました。皆さんのおうちもそうだと思います。そこでどういうことが起きているか。いまもみんなしゃべっています。しかし、そこにお父さんがいません。子どもと母親だけがいる食卓になってきているのです。その結果何が起きてきているか。これを皆さんに問題提起したいと思います。お母さん方がうつ病になっているのです。

うつ病の男女別・世代別の患者数のデータを見ると、どの世代でも、男性よりも女性の方がうつ病が多いのです。男性は、仕事がきつくなる30代から40代にかけてうつ病が増え、退職が近づく年齢になると減ってきます。ところが、女性は男性と同じようなカーブで増減し、旦那さんが退職して家にいるような年代になるとまた増えているのです。これを考えると、日本の社会はいかに女性たちの犠牲によって支えられているかということが分かると思います。

お母さん方というのはいま、子どもと非常に濃密な関係にいます。ですから、子どもたちに幸せを教えることは、実は簡単な話です。お母さん方に、自分たちが幸せな生き方をしていただきたいのです。大人たち自身が幸せな生き方をできるようになったときに、この国の教育はきっとよくなると思います。

それぞれの地域や家庭で、さまざまな人がつながりあう環境ができ、その中で子どもたちが健全に育っていく。そのことを祈り、またお願いして、今日は終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

(2010年1月10日第3回「子どもの未来のために語る食育セミナー」にて)