第3回「子供の未来のために語る食育セミナー」(2010年1月10日開催)

第3回 子供の未来のために語る食育セミナー

パネラーのご紹介

陰山英男さん

陰山英男さん

立命館大学
教育開発推進機構教授

服部幸應さん

服部幸應さん

服部栄養専門学校校長

本多京子さん

本多京子さん

医学博士、管理栄養士

小西雅子さん

小西雅子さん

東京ガス㈱
「食」情報センター主幹


朝ごはんが子どもたちの未来を開く

小西さん

今日は「食育で学力向上」がテーマです。1つ目は、朝ごはんについてです。「朝ごはんを食べないことがある」という子どもが、小学生で13%、中学生で19%というデータがあります。次に、朝ごはんの摂取と学力調査の平均正答率との関係を表したデータがありますが、朝ごはんを「毎日食べている」「どちらかといえば食べている」「あまり食べていない」「まったく食べていない」の4群に分け、それぞれのグループの正答率を見ると、朝ごはんを食べている子どもが見事に、国語も算数も、そして小学生も中学生も、正答率が高いという結果が出ています。
子どもが朝ごはんを食べるということは、栄養学の観点から見てもやはり重要なのでしょうか?

本多さん

1日3食の中で、朝ごはんが一番大切だと思います。朝ごはんが必要な理由は4つあります。まず1つ目。全身の中央司令室である脳は、寝ている間も絶えずエネルギーを使っています。ところが、脳にはエネルギーの貯金がない。脳の栄養はブドウ糖という糖ですが、それが使われてしまうと、今度は肝臓や筋肉にあるグリコーゲンというものがガソリンとして送られます。それらは、夕食を食べてから次の日の朝ごはんまでの間に減っていきます。ですから、朝ごはんを食べないと、体に必要な新たなガソリンが入らないことになります。
2つ目の大きな役割は、排便を促すということです。最近、朝学校に行くまでに排便できない小学生がすごく増えています。お腹の状態は、子どものアレルギーや免疫の非常に大きなカギを握っているので、お腹をきれいにしてから学校に行くことはとても大切です。胃袋に食べ物が届くと、大腸が動き出す「胃・大腸反射」が起きるのですが、1日の食事の中でも朝ごはん後がもっとも腸が動きやすいのです。排便を促し、アレルギーや免疫に関する病気を防いだりするためにも、朝ごはんはとても大事です。
3つ目は睡眠との関係です。人間は、寝ている間に体温が35度台に下がり、朝起きてごはんを食べたりすると、36度台に上がっていきます。そして昼ごはんを食べ、夜ごはんを食べ終わると、また体温が下がってくる。人間は体温が下がるときに眠くなるので、そのリズムが昼ごはんから始まると、体温が下がる時間がさらに遅くなり、夜眠くならないのですね。つまり、夜眠くなるためにも、朝ごはんが大事なのです。 4つ目ですが、人間は1日24時間という時計のリズムで生活していますが、脳の中にある脳内時計では、1日が25時間になっています。朝起きてごはんを食べることが、時計のリズムと脳のリズムのずれをリセットすることに大切な役割を果たしています。朝ごはんは3食の中で脳ともっとも関係があるごはんです。脳のリズムを作るためにも、とにかく朝ごはんを食べることは大切なことだと思います。

服部さん

私は栄養士や調理師の学校をやっていますが、いまから23年ほど前、新入生を対象に生活習慣に関する調査を行いました。結果を見てびっくりしたのですが、朝食を食べていない学生の多いこと。21%ですから、5人に1人は食べていなかった。これはまずいと思い、君たちが食の指導者になるためにも、食事の仕方を教えるから2年間しっかり勉強しなさい、といって聞かせました。さぁ、2年経ちました。1週間分の食事日記を提出させ、2年前と比べたのです。どのくらい改善していたと思いますか? たった6%です。僕はびっくりして教師を呼びました。すると、過去2年分の試験の答案を僕に見せてくれたのです。見てみると、みんな80点や100点を取っている。要は、頭では分かっていたのですが、実際の生活習慣は変えられなかったということです。
そこで私は研究に入りました。いったい何歳ぐらいまでにこういった生活習慣を身につけさせるべきなのか。結果、0歳から3歳、3歳から8歳までという2つの時期が重要だということが分かりました。人間の脳は、8歳で小脳が完成します。良いことと悪いことを判断できる能力は8歳で完成する。ということは、朝食をきちんと食べることも含めた生活習慣は、8歳までにつけないといけないということが分かってきたのです。

小西さん

さきほど、陰山先生の基調講演でも生活習慣の重要性のお話がありました。朝食と学力では明らかな相関が出ているのですが、先生は実際にいろいろな小学校の現場に立たれて、このあたりはどう実感されていますか?

陰山さん

さきほど睡眠時間と学力の関係も見ていただきましたが、睡眠と学力は、地域によって相関がきちんと出ない場合もあります。ところが、朝ごはんだけはどこで調査しても、食べないと成績が悪いという結果が出ています。
山口県山陽小野田市の例を見ていただきましょう。朝ごはんを「毎日食べる」から「ときどき食べない」というように、食べないことが少し増えただけでも、偏差値が落ちています。もっと深刻なのは、「毎日食べない」という子の落ち方が極端なことです。これを知能指数レベルで見ていくと、毎日食べる子どもたちの知能指数が103に対し、毎日食べない子どもたちは90ぐらいに落ちる。これは、通常の授業についていくのはちょっと難しいというレベルです。ですから、朝食を毎日食べないということは、子どもの未来を閉ざすということにもつながりかねないわけです。
文部科学省の調査で見ると、朝食をときどき食べない子どもは体力測定の結果が大きく落ちますし、まったく食べないとさらに落ちてくる。学力テストでも同じことがいえます。とにかく、朝ごはんというものは「食べないと悪い」という結果にストレートにつながってくるのです。
山陽小野田市の例に戻ると、ひとつ衝撃的なデータがあります。山陽小野田市で3年間ほど実施した学力向上プロジェクトの過程で、成績が伸びてきた子どもたちがいました。その伸びた子どもたちを抽出し、いったい何が学力向上に寄与したかということを調べると、なんと、勉強時間を増やすとかテレビの視聴時間を削ることではなく、もっとも有効だったのは朝ごはんを食べることだったのです。毎日きっちりと栄養価を考えて朝食をとると、偏差値が平均で6ぐらい伸び、知能指数も20ぐらい伸びています。
いま、福島県のある小学校で、校長先生が保護者の方々に「湯気の出る朝ごはんを食べさせてください」といわれています。この学校も学力が非常に伸びているのですが、これを繰り返し保護者に訴えたことが成功の秘訣だとおっしゃっていました。湯気が出る朝ごはんというと、そこには当然家族も一緒にいるというイメージが湧きますよね。一言で本質を突いている言葉なので、私もあちこちで使わせていただいております。

家族で囲む食卓の役割

小西さん

3つ目のテーマは、家族と食卓についてです。子どもが何もやる気が起こらない頻度と、食事を家族で食べる場合等の相関関係を示したデータでは、小学生、中学生、いずれを見ましても、家族と一緒にごはんを食べているお子さんの方が、さまざまなことに対して意欲があるということが分かります。食事を1人で食べるということは、やはりいろいろと問題がありそうですね。

本多さん

1人ぼっちで食べる「孤食」というものですね。栄養的に一番問題なのは、孤食はどうしても好き嫌いの温床になるということです。また、1人ぼっちの食卓では、特定のものだけを食べる「ばっかり食べ」に進みがちです。日本人の長寿や健康の源は「三角食べ」だといわれています。ご飯とおつゆとおかずを順番に三角に食べていくと、栄養のバランスがよいということですね。でも一人ぼっちだと、なかなか三角食べができにくい。メニューとしても単品のメニューが並ぶことが多くなる気がします。それから、1人で食べていると好き嫌いになりやすい上に、それが改善されにくいですよね。嫌いなものがあったとしても、人と一緒に食べると、私もちょっと食べてみようかなと思ったりしますが、1人だからそれがない。さらに、1人でごはんを食べると人としゃべらないですから、早食いになり、それが肥満につながってしまいます。 1人でごはんを食べるという習慣は、本来食卓にあるはずの人とのつながりを断ち切ってしまうことになります。それが、子どもたちの生きる力の弱さ、キレやすさなどにもつながっているのではないか。やはり、体と心を作るという意味でも、誰かと一緒に食卓を囲んでいただきたいなと思います。

服部さん

僕は、家庭でもっとも効率的に子どもにいろいろなことを教えられる場が食卓だと思っています。昔から、食事を前にして一緒にしゃべりながら、いろいろなことを教えられたものですよね。「姿勢が悪いよ」「箸の使い方おかしいじゃないの」「なぜにんじん残すの」なんてね。そして、「きちんとしないと近所のおばさんに笑われるよ」なんていわれました。
いま、子どものしつけができていないというのは、食卓でできていないからなんです。食育基本法という法律が2005年7月15日に施行されましたが、食育基本法というのは食卓基本法ともいえます。良いこと悪いことは何かという常識を、ぜひ食卓で身につけさせてあげてほしいと思います。

陰山さん

学校現場で、家庭の食卓の影響を感じることは多々あります。では、食卓の問題を解決するためにどうすればよいか。これは今日のイベントにもかかわってきますが、食べることの教育もさることながら、もっと強烈に効くのは、一緒に作ることなんです。ですから、今日の親子クッキングコンテストは非常に素晴らしいなと思います。
僕は家庭科の授業を2回持ちましたが、2回ともほとんど調理実習ばかりやっていました。そのとき忘れられないのが、クラスに1人、珍しく生徒指導に手こずった子どもがいました。最後、学年が終わるときに調理実習のまとめとして作文を書かせました。ある子どもが「料理とは人を喜ばせるためのものである。だから、後片付けまできちんとして喜んでいただいて、料理なのだ」と書いてきました。僕はすごいなと思って、パッと名前を見たらその子どもで、それから10年経ったいま、彼は神戸で中華料理のコック長をやっています。
料理を作る側になると、単に自分が食べたいものではなく、作るべきもの、食べるべきものは何か、ということを考えます。ですから、子どもと一緒に食べるためには、子どもと一緒に作る。それが、ひとつの大きな解決の糸口になるのではないかと思っています。

料理をする子は賢い子

小西さん

私は東京ガスで食育を担当していて、1992年から子ども向けのキッズインザキッチンという料理教室を開催しています。年間18,000人のお子様が参加してくださる非常に大きな教室になっているのですが、この教室を開催していて、いつも感じることが3つあります。1つ目は、子どもたちは、コンロで調理をしたり包丁で切ったりという本物の体験がすごく楽しそうだということ。2つ目は、料理は準備から後片付けまで一連の作業をすべて担当できるので、終わったあとに達成感や喜びが感じられる様子が分かるということ。3つ目は、料理をほかの方に食べてもらうことで喜びが得られ、コミュニケーションが進むということです。
料理には、学力を向上させる側面があると思うのですがいかがでしょうか。

本多さん

お料理をするときには包丁を使ったりしますから、指を使いますよね。「指は第二の脳」という言葉があるように、指を上手に使うことは脳の刺激につながっていきます。火を使うこともそうです。また、お買い物では大人とのコミュニケーションが取れますし、いざ料理を作るときには、完成までの時間を逆算する段取り力がつく。それも脳にすごくいいですよね。
私自身は、家が商売をしていたので、小学校1年生から家族のごはんを作ってきました。卵焼きと味噌汁とご飯を用意しただけでも、母がおいしいおいしいといって、私が作ったものをすごくほめてくれたんです。ほめてもらうことを通して、家族とつながっているという実感が得られ、それがすごく私の力になりました。

小西さん

お子さんの料理は、家族の絆やコミュニケーションをすごく深めますよね。

服部さん

今日の親子クッキングコンテストは皆さんレベルが高く、点数の差はほんのわずかでした。8,200組以上の中の14組ですから、倍率500倍以上。ここに来られているだけでも奇跡的なわけで、皆さん素晴らしいと思います。
私は3年ほど前にアメリカの食育の調査をしました。そのとき、日本の保育園や幼稚園にあたるような学校に行って驚きました。子どもたちに料理を作らせているんです。日本だと調理実習が始まるのは小学校5年ですが、幼稚園ぐらいから作らせている。聞けば、調理済み加工食品を食べているご家庭が多いので、これはいけないということで始めたそうです。子どもたちはそこで覚えたことを家でもまた繰り返すので、いまでは家族中で料理を楽しむようになってきたという家庭の話も聞きました。やはり、家族をつなげるには、食が一番早いのではないかなと思います。

小西さん

個人的な感想なのですが、いろいろなことができるお子さんは、料理がすごく上手だなと感じます。陰山先生、これはいかがでしょうか。

陰山さん

その通りですね。5年生になって最初に調理実習をやるとき、誰が上手かというと、やはり家でお手伝いをしている子が上手です。テストの点が良いだけの成績や学力は、我々も評価しないし、世の中も評価しないですよね。そういう面でいうと、本当の意味でこの子賢いなと思うのは、当然ですけれども、家で手伝いをしっかりやっている子です。料理だけでなく、掃除なども家できちんとしつけられています。ですから、逆説的に僕らは、「土曜日の宿題は便所掃除!」みたいなことをやったりしていて、これは保護者の方々にもすごく喜ばれました。

改めて問う食の大切さ

小西さん

今日は、朝ごはんの重要性や、家族で食卓を囲むこと、子どもが料理に参加することの大切さを先生方にお話いただきました。ですが、そうはいっても、いまお母様方が忙しく朝ごはんを作る時間がない場合や、家族で食卓を囲む時間が取れない場合もある。お子さんが料理に参加できないこともあります。そういった中で、どんな工夫をしていけばいいかということを、最後に一言ずつお聞かせいただけないでしょうか。

陰山さん

すごくベタな言い方になりますが、価値観を変えた方がいいと思うんです。「工夫をして食べるようにしましょう」というと、実は食事より優先されているものがあることを暗に示していますよね。それは何かといえば、仕事ですよね。いったい日本人は、この国に生まれてきてなんのために生きているのかという話です。僕は学力作りに力を入れていますが、どうしてかというと、学力が一番伸びやすいからです。自己肯定感や達成感が一番得られやすいのが学力なんですね。でも、その結果何を得るのか。先ほども申し上げたように、幸せということです。
私は昨日、大学へ行っている娘が久しぶりに帰ってきて家族で食事をしたのですが、みんなでいろいろなことをしゃべって、とても楽しい時間を過ごしました。なぜ楽しいかというと、もう間もなく私たちの家族はある意味で終わるからです。子どもたちが独立して、違う家庭を持ち始めます。そうすると、この時間というのは、私の人生にとってかけがえのない幸福な時間なんです。これがためにがんばっているのであって、工夫してこの時間を作るというようなものではないのです。そのことについて、私たちは、自分たちの価値観を根本から改めるときにきているのではないかということを、強く感じます。

本多さん

食卓に家族が向かえるように、どの部分でもいいから、とにかく家族全員が食にたずさわる。他のことを犠牲にしてでもそれにたずさわるということが、すごく必要ではないかなと思います。私も、娘が寝坊して朝ごはんを食べられないときに、遅刻してもいい、先生には私が電話をかけるから食べていきなさいと言ったことがあります。そのくらいの勇気を持って、食べることを守り抜くことがすごく大事なのだということを、多くの方に感じていただけたらと思います。それから、誰もが食にかかわれるように、みんなで技術を身につけるということ、そして、誰かがやってくれたことをほめる、喜んであげるということも大事だと思います。

服部さん

私も、食はみんなでたずさわるのが大事だと思いますよ。

小西さん

私どもガス会社も、なるべく家族の皆さんが簡単にお料理できるように、いろいろな便利な機能がついたガスコンロを作っています。魚焼きグリルで自動的にサンマが焼ける機能なども作って、いろいろな形で応援をしていますので、そういったことももっとお伝えしていきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。

(2010年1月10日第3回「子供の未来のために語る食育セミナー」にて)