第4回 ウィズガス食育セミナー パネルディスカッション 「食育の先進事例に学ぶ」

第4回 ウィズガス食育セミナー

パネラーのご紹介

服部幸應さん

服部幸應さん

服部栄養専門学校校長

小泉武夫さん

小泉武夫さん

東京農業大学名誉教授

小西雅子さん

小西 雅子さん

東京ガス
「食」情報センター主幹


食卓の変化と日本の若者

小西さん

平成22年に発表された食育白書を見ると、食育という言葉の認知度も上がり、食育への関心も高まってきたことがわかります。しかし年代別に見ると、若い世代ではほかの世代より食育への関心度が低く、特に20代の男性では5割を切っています。また、若い世代では栄養の偏りや朝食を食べないなど、多くの改善点があることも分かりました。そこで、本日は先生方に、どうすれば若い世代の方々にもっと食育に関心を持ってもらえるか、どうすればもっと充実した食生活を送っていただけるかを中心にお話を伺っていきたいと思います。

服部さん

いまから25年ほど前に、私の学校で食生活についてのアンケート調査を行いました。その結果、朝食抜き、バランスの悪い食生活、ダイエットをしている学生が多いことが分かりました。栄養や調理のプロを目指す人がこれでは困ると思い、これから卒業までしっかり勉強するようにと言って聞かせました。そして、卒業時に同じ調査を行ったのですが、生活習慣の改善率はどのくらいだったと思いますか? なんと、たったの6%でした。みんな試験ではいい点をとっているんです。つまり、観念としては分かっているんですが、実際の生活習慣は変わらないんですね。
私はいま客員教授としていろいろな大学に食育を教えに行っていますが、学生たちが講義を聴いているのかいないのか、分かったのか分からないのか、反応がないことが気になります。どうしてこういう傾向が出てきたのかを調べ始めたところ、家庭の食卓が変わってきたことに原因があるのではないかという結論に行き着きました。昔は家族で卓袱台を囲み、おじいさんおばあさん、お父さんお母さん、兄弟が一緒に食事をしました。そこで、子どもはおじいさんおばあさんに言われるわけです。箸の持ち方がおかしい、いただきますと言いなさい、なぜニンジンを残すんだと。ところが、最近はテレビを見ながら食事をしたり、親御さんと一緒に食事をしていなかったりする子どもが増えてきました。いまでは、51%の家庭が家族そろって夕飯を食べていない。26%が週3回くらい一緒に食べる。残りは1年に3回ほどしか一緒に食べることがないといいます。当然、食卓で大人にあれこれ言われることがなくなる。だから、どこに行っても緊張感のない子どもが増えたのです。一番大事なのは、やはり家庭の食卓なんですね。

小泉さん

日本の若者は変わり過ぎてしまいましたね。私は大学で40年近く若者と付き合っていますが、昔の若者は粗雑だったけれども味があった。いまは味がなくて、出汁に例えてみれば全然いい出汁が出ない、そんな状況になっています。先日テレビの取材で韓国の釜山に行き、若い人たちと食事をする機会がありました。韓国の若者は素晴らしかった。韓国には、ご先祖様を敬う、両親を敬う、年上の人を敬うという、儒教の3つの柱があります。また、国自体の考え方もしっかりしています。韓国の若者が伝統的な食事を食べなくなったという新聞記事が出たときは、その日のうちに小・中・高校の局長が日本でいう文部科学省のトップに呼ばれ、これは韓国の将来にとって非常に大きな問題だから、改善に重点を置いた教育をしてほしいという話をされたそうです。私はそんな国として食を大切にしている韓国見て、その良い影響を受けた彼らの方が素晴らしく強い生き方をしているのではないかと感じました。

食育が深める家族の絆

小西さん

小西 食育基本法ができてから6年を迎え、特に若い方を対象にさまざまな食育活動が実施されています。ウィズガスCLUBでも、4年前から全国親子クッキングコンテストというイベントを開催してまいりました。ここからは、先生方にいくつか印象的な食育の事例や、先生方が関わっている事例をご紹介いただきたいと思います。

服部さん

私は全国親子クッキングコンテストの審査委員長をやらせていただいていますが、入賞する方々を見ていて、とにかく親御さんが一生懸命だということがはっきりと分かりました。そして、お子さんがその気持ちを受けて、料理を覚え、楽しくやっている。やはり料理というものには、家庭というひとつの単位の中で、伝統を引き継いでいくという側面が必ずあります。例えば切り方ひとつにしても、1回でもそれを教われば、子どもは同じように切れるようになる。食の技術を知る、そしてそれを人のために使う、これは人間にとって喜びなんですね。我々は学校でそのプロを養成しているわけですが、日常の中で、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんに料理を作ってあげる喜びというものが、家庭という一番小さな単位の中で生まれる。それが、全国親子クッキングコンテストの一番の意義なのではないかといつも思います。

小泉さん

私は、日本の食の問題は、大人の男たちにも大きな原因があるのではないかと思っています。私の研究室からアメリカのカリフォルニア大学デーヴィス校に留学した学生が多くいるのですが、向こうでは、夕方5時になると研究者がみんな家に帰るんです。そして家族で食事を作って食べて、また研究室に戻ってきて仕事をする。夕方に帰れないときは、お昼に帰って食べるんです。日本の国民生活白書を見て、私が非常に不思議だなと思うのは、全体の72%のサラリーマンがここ数年一度も料理をしたことがないということです。アメリカだったら間違いなく離婚です。日本には「男子厨房に入るべからず」などという武士の教えがありますが、時代はもう変わっているんです。子どもたちは、やはり親の背中を見ていますからね。
私は、娘が幼稚園から高校を出るまで、毎朝ごはんと弁当を作ってきました。食を通じて、子どもといろんな話をすることができた。一緒にごはんを食べることもいいですが、料理をすると一番お互いが分かります。以前、私の研究室にドイツのシュトゥットガルトからの留学生がいました。彼女には結婚を約束したお相手がいたのですが、帰国してもすぐには結婚できないと言うんです。彼女の家には、おばあさんからお母さんに伝えられた料理のレシピが60くらいあって、自分もそれをマスターし、自分の子どもにも教えなければならない。だからそれをマスターするまでは結婚できないんだと言うんです。なんて素晴らしいことを言うんだろうと思いました。日本でも、彼女のような思いを持てるような教育や、雰囲気、環境を、大人がもっともっと作っていってあげることが非常に重要だと思います。

服部さん

そうですね。私はいまから18年前に、世界20カ国の高校生を対象に規範意識の調査を行いました。先生を尊敬するかという質問には、北京では80.3%、アメリカでは82.2%、韓国では84.9%の生徒が尊敬すると答えました。日本はどのくらいだと思いますか? 21%です。親の尊敬度は、世界の平均が83.6%。日本は25.2%です。どうしてこんなに低いのか。その理由は、日本では食卓に片方の親がいないときに、もう片方の親がその人の悪口を言うからではないでしょうか。食事中に「お母さんはしょうがないな」とか、「お父さんこんなに遅くまで帰ってこないなんてひどい」とか。こういうことは絶対にやってはいけません。子どもがいる食卓では、親はパートナーのことを讃えなくてはいけないのです。

炎の調理と正しい味覚

小西さん

東京ガスでは、いまから19年ほど前から「キッズ イン ザ キッチン」という料理教室を開催しています。これは、お子様が家庭で料理をするきっかけ作りとしてスタートしました。また、学校や自治体の食育をサポートする「わくわくクッキング」のほか、昨年5月には、各界のオピニオンリーダーの方々と一緒に情報発信を行う「東京ガス食育クラブ」というものも発足しました。このように、私どもガス業界でもさまざまな食育活動を進めていますが、先生方のお話を伺って、「調理」というものが食育のひとつのキーワードになるということが浮かび上がってきました。調理体験のよさや、その機会をどうやって創出していけばいいのかをお聞きしたいと思います。

服部さん

いまから4、5年前に、アメリカの食育を取材したことがあります。アメリカでは肥満が非常に増えたためにいろいろな取り組みが行われているのですが、私が一番素晴らしいと感じたのは、保育園で調理実習の授業があったことです。日本で調理実習が始まるのは小学校5年生。遅いですね。アメリカの保育園では、園児にプラスチックの丈夫なナイフを使わせていました。小学生になると、よく切れるナイフを渡すんです。よく切れないと逆に危ない。日本では危ないからといってなかなか子どもに包丁を持たせませんが、やはりできるかぎりの範囲のところでやらせてほしいと思います。また、料理を作るだけでなく、ぜひ準備のところから手伝わせてほしいなと思います。

小泉さん

料理を通じて会得できることのひとつは、いろいろなものの節度です。“幅”と言ってもいいかもしれません。味の幅や、野菜を切る幅。またさきほど服部先生が非常にいいことを私に教えてくれたのですが、同じ料理でも、火を見せて料理をすることが大事だと。私もその通りだと思います。料理で使う火には、中火、弱火、とろ火などいろいろな幅がある。ガスの炎なら、その加減を目で見て覚えることができます。
また、小さいときに正しい味覚を教えておくことも必要です。そのためには、ぜひ正しい出汁の取り方を小さいときに教えてあげてほしい。ある大学の家政科が、小中学生を対象に、鰹出汁と化学調味料の出汁のどちらを好むか調査したところ、子どもたちの大半は後者の方が味が濃くておいしいと言ったそうです。これは非常に不幸だと思いました。舌というものは本来非常にデリケートで、さまざまな味を味わい分けることができます。ところが、グルタミン酸ナトリウムというひとつの味だけでおいしいということになれば、人間としても、何か最大公約数的な人間にしかならないような感じがしてしまいます。昆布の出汁、しいたけの出汁、鰹節の出汁、全部とり方が違います。例えば日曜日にでも、子どもたちにそれぞれの出汁のとり方や、そこに醤油を加えるとどんな味になるかといったことを教えると、子どもたちは次の週末に自分でそれを作ってみたくなります。基本を学び、そこからいろんなことを覚えていくと、料理のおもしろさがさらに広がると思います。

寄せ鍋の食育

服部さん

いまから45年ほど前、日本の農業従事者は1434万人もいましたが、いまは260万人です。漁業従事者は300万人でしたが、いまでは30万人しかいません。しかも、その人たちの平均年齢は65.8歳。このままいくと、日本には食べ物を作ってくれる人がいなくなってしまいます。ですから私は、生産者の人たちをもっと元気にしてあげてほしいと思うんです。そのためには、我々消費者がいいものを求めたり、安全なものを求めたりすることが大事です。ファストフードや温めるだけの食事など便利なものが次々とでき、我々はものをつくるという一番根本的で、手をかけなければいけないところをないがしろにしてきてしまった。ですから親御さんには、こうやって料理を作るんだよという技術や、いわゆる“おふくろの味”というものを、火を使いながらひとつひとつ、お子さんに伝えてあげていただきたいと思います。

小泉さん

小学校高学年から中学生の子に、一番家族を意識する食べ物は何かと聞きますと、ひとつの答えが出てきます。それは鍋料理です。小さい子どもも料理に参加でき、そして家族の絆を深めるのが鍋料理。それも寄せ鍋です。余った食材をムダにしない“寄せ集めの鍋”ですから、食べ物に対して畏敬の念も払えます。「同じ釜の飯を食った仲間」という言葉があるように、みんなでひとつの鍋を囲む鍋料理を食べると、家族のあいだにも仲間意識というものが生まれるんですね。私はいま、寄せ鍋の中にいろいろな教育が見えてくるような気がしています。

小西さん

家族が必ず集まるのも鍋料理のいいところですよね。今日はお2人の先生方に貴重なお話をたくさん伺うことができました。皆さまには、これから地域のガス会社のさまざまな食育活動にもご参加いただければと思います。本日はどうもありがとうございました。


(2011年1月29日第4回 ウィズガス食育セミナー」にて)